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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)54号 判決

原告

住友電気工業株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和55年審判第17810号事件について昭和58年12月2日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1原告

主文同旨の判決

2 被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和49年9月17日、名称を「電気接点材料」(後に「気中開閉用電気接点材料」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和49年特許願第107285号)をしたが、昭和55年7月30日拒絶査定を受けたので、同年10月1日審判を請求し、昭和55年審判第17810号事件として審理された結果、昭和58年12月2日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和59年1月26日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

銀中に重量比で金属インジウム量5~15%、金属錫量3~12%、金属マンガン量0.001~5%を含有してなることを特徴とする内部酸化、銀―酸化インジウム―酸化錫―酸化マンガン系気中開閉用電気接点材料。

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対して、昭和47年特許出願公開第32390号公報(以下「引用例」という。)には、内部酸化法で製造される電気接点材料であつて、Ag―Xi―Yjで表わされ、SnO2、ZnO、In2O3などから成る群から選ばれた1種以上の主酸化物Xiの含有量が0.5~6重量%であり、MgO、Mn3O4、NiOなどから成る群から選ばれた1種以上の補助酸化物Yjの含有量が0.1~2重量%であり、かつ全酸化物Xi+Yjの含有量が0.6~7重量%であるものが記載されている。

そこで、本願発明と、引用例に記載の発明のうちX1としてIn2O3、X2としてSnO2、Y1としてMn3O4を選択したものとを比較すると、Mn酸化物の含有量(即ち引用例にいうYj)については、本願発明と引用例のものとは重複する範囲をもつが、Sn酸化物とIn酸化物の含有量の和(即ち引用例にいうXi)については本願発明では最少でも9.7%となり、かつまた、これら3種の酸化物の和(即ち引用例にいうXi+Yj)も最少で9.7%(9.701%)となつて、Xi及びXi+Yjが、それぞれ、最大でも6%及び7%である引用例のものと相違し、また、接点材料の用途が本願発明では気中開閉用であるのに対し、引用例では、特に限定はないが明細書の記載からみて軽負荷用であると思われるので、この点でも両者は表現上相違する。

しかしながら、昭和55年6月27日付手続補正書によつて本願発明の接点材料中のIn含有量の下限が2%から5%に補正された経緯及びIn含有量の下限の数値限定の理由をみても、技術的に意義のある理由によつて下限が定められているものでもなく、むしろ接点材料の適用範囲を中~重負荷用に限る旨の明細書の補正に対応して、単に酸化物の含有量の下限を増加させたものにすぎず、また、一般に、導電性に寄与するベース金属Agの含有量と耐アーク性、耐溶着性、耐消耗性、耐熱性、耐磨耗性等に寄与する酸化物の含有量とのバランスによつて、得られる接点材料の使用条件或いは適用範囲が定まるという周知の事実もあることから、結局、同一のAg―酸化In―酸化Sn―酸化Mn系接点材料における本願発明の接点材料と引用例記載のものとの間の金属酸化物含有量の差は、接点材料が軽負荷用であるか、中~重負荷用であるかに応じて、当業者が適宜選択し得る程度の差にすぎないものと認める。

そして、主酸化物及び全酸化物の含有量を前記の程度増加させることによつて、本願発明が、当然予測しうる以上の効果を奏するものとも認められない。

したがつて、本願発明は、引用例の記載に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものと認める。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定のとおりの記載があること、本願発明に係る接点材料と引用例記載のものとは、金属酸化物の含有量について審決認定の相違があることは認めるが、右金属酸化物の含有量の差は、当該接点材料が軽負荷用であるか、中~重負荷用であるかに応じて、当業者が適宜選択し得る程度の差にすぎず、金属酸化物の含有量を本願発明の要旨記載の程度に増加させることによつて、本願発明が、当然予測し得る以上の効果を奏するものとも認められないとした審決の認定、判断は誤りであつて、審決は違法として取り消されるべきである。以下詳述する。

1(1) 審決は、本願発明に係る接点材料中のインジウム含有量の下限が重量比で2%から5%に補正された経緯及びインジウム含有量の下限の数値限定理由をみても、技術的に意義のある理由によつて下限が定められているものでもなく、むしろ、本願発明における金属酸化物の含有量の下限は、接点材料の適用範囲を中~重負荷用に限るものとしたことに対応して増加させたものにすぎないとしているが、右認定は誤りである。

まず、本願発明は、インジウムのほか錫、マンガンについてもその適量範囲を定めたものであるから、インジウム含有量の下限の数値の限定理由のみを取り上げて右のような認定をすること自体不当である。

次に、本願発明で酸化前の金属の含有量ないし金属酸化物の含有量の数値を限定したことは技術的に意義のある理由によるものであり、これを従来より多く使用されてきたAg―CdO系電気接点材料との比較でみてみると、引用例の明細書の項の発明の詳細な説明には、「本発明材料は電流のかなり大きい範囲ではAg―CdO系接点に比べ耐溶着性能は低下の傾向をもつている。」(明細書の項第8欄第17ないし第19行)と記載されていることからも明らかなように、引用例記載の発明に係る接点材料は中~重負荷用としては銀―酸化カドミウム系接点より性能が劣るものであるのに対し、本願発明に係る接点材料は中~重負荷領域において耐溶着性が著しく向上していて、銀―酸化カドミウム系接点より優れているのである。このことは、電流のかなり大きな領域で行つた溶着力の測定結果において、本願発明の実施例のものは溶着力が100grであつたのに対し、銀92重量%、インジウム6重量%、マンガン2重量%のもの(引用例記載の発明の実施品)の溶着力は450gr、金―13重量%酸化カドミウム接点のそれは500grであつたこと(本願発明に関する昭和55年10月1日付手続補正書((甲第3号証))添付の訂正明細書記載の実施例4)からも明らかである。

また、全酸化物含有量の数値を限定した点について引用例記載の発明と本願発明を対比してみると、引用例記載の発明において、特許請求の範囲には全酸化物含有量の上限は7重量%と記載されているが、引用例の明細書の項の発明の詳細な説明には、「Xi及びYjの含量には最適な範囲がありこれより少くても又多量でもバランスのとれた接点特性を得ることは出来ない。これらの範囲はXiについては重量%で0.5%<Xi<6%であり、またYjについては0.1%<Yj<2%であり、かつ0.6%<Xi+Yj<7%、望むらくはXi+Yj=2%~4%位がよい。このことはチヤタリング防止の点で蒸発し難い酸化物群(「郡」とあるのは「群」の誤記と認める。)を用いることと関連し、これらの酸化物をあまり多く用いることは酸化物の集積を伴うので接触抵抗の安定性の点でマイナスとなるからである。」(明細書の項第8欄第2ないし第13行)と記載され、引用例記載の発明の実施例における金属酸化物の含有量は、重量比で、2.3%(実施例1)、3.25%(実施例2)、3.2%(実施例3)とされていることからも明らかなように、引用例記載の発明においては、金属酸化物の含有量は少量であり、また、少量にすべきものとしているのである。これに対し、本願発明においては、金属酸化物の含有量は最小値でも9.7重量%であり(すなわち、本願発明における酸化前の金属の最も小さい重量比のもの、すなわち金属インジウム5%、金属錫3%、金属マンガン0.001%の各金属酸化物について酸化物換算したものの和を求めると9.7%となる。)、前記訂正明細書に記載されている実施例においては、酸化物換算の重量比で、16.9%、14.5%(実施例1)、19.08%(実施例2)、19.32%(実施例3)と多量の金属酸化物を含有させているのである。前記のとおり、引用例には全酸化物の含有量が7重量%を越えるとバランスのとれた接点が得られないとされているにもかかわらず、本願発明においては、各金属の含有量を特許請求の範囲記載のとおりに特定し、金属酸化物を多量に含有させ、これによつて、引用例記載の発明に比べて高価な銀の含有量を少なくして接点の低コスト化を実現し、また、耐溶着性、耐アーク消耗性、接触抵抗性等電気接点の特性も従来のものに劣らない接点材料を得ることができるのである。

右のとおり、本願発明において、金属酸化物の含有量の数値は技術的に意義のある理由によつて定められているものであり、したがつて、その下限の数値も単に接点材料の適用範囲を中~重負荷用に限るものとしたことに対応して増加させたにすぎないものではない。

(2) また、審決は、ベース金属である銀の含有量と金属酸化物の含有量とのバランスによつて、得られる接点材料の使用条件あるいは適用範囲が定まるというのは周知の事実であるとしているが、これも誤りである。

接点材料の使用条件あるいは適用範囲は、接点材料を構成するベース金属と金属酸化物の各含有量のバランスのみによつて決まるものではなく、製造法、製造時の温度条件、雰囲気条件等によつて、接点材料の特性を異にし、ひいて接点材料の使用条件あるいは適用範囲も異なるのである。

仮に、ベース金属である銀の含有量と金属酸化物の含有量とのバランスによつて、得られる接点材料の使用条件あるいは適用範囲が定まるということが周知であるとしても、それは、銀の含有量と金属酸化物の含有量とのバランスにより接点材料としての特性が左右されて、その使用条件や適用範囲が定まつてくるという概念的なものにすぎず、具体的に、どのような物質を、いかなる割合で、いかなる方法によつて添加すれば所要のバランスが得られるかについては何ら周知ではない。したがつて、右周知事項をもつて、審決の判断を正当づける根拠とはなし得ないものというべきである。

さらに、審決は、引用例記載のもののうちX1としてIn2O3、X2としてSnO2、Y1としてMn3O4をそれぞれ取り上げ、右系は、本願発明と同一の銀―酸化インジウム―酸化錫―酸化マンガン系のものであることを前提として立論している。確かに、引用例記載の発明において、審決が取り上げたような系が存在することは否定できないが、引用例記載の各金属酸化物の組合せによつて得られる系は、例示されているXi 3種類、Yj 3種類の金属酸化物を組み合わせるだけでも49種類に及び、審決が取り上げた系はその1つにすぎず、右系については引用例に直接的な説明はなされていないのである。むしろ、引用例の明細書の項の発明の詳細な説明には、「Xi、Yjとも酸化前の金属(以後金属表示を夫々xi、yjとする)において、xi、yj共にAgに融ける性質が必要であつて、単独では容易に融けないものは2種類以上の金属(たとえばx1+y1あるいはy1+y2など)からなる母合金によつてもよい。」(明細書の項第5欄第14ないし第19行)と記載されていることからしても、Xi、Yjはともに1種類であることが原則であつて、単独では容易に銀に融けない場合に2種類以上の金属を用いるものであり、その2種類以上とはYjについてであるというべく、また、引用例に記載されている実施例においてもXiが1種類、Yjが1種類もしくは2種類のものしか示されていないのであるから、審決が取り上げた系は引用例に開示されている多くの系の中の例外的なものである。したがつて、右系の接点材料に基づいて本願発明のような構成を選択することは右のように引用例に具体的に示されているような系のものに基づく場合に比べて困難であるというべきである。

(3) 以上のとおり、引用例記載の発明においては多量の金属酸化物を添加してはならないとされているにもかかわらず、本願発明は技術的に意義のある理由に基づいて多量の金属酸化物を含有させているものであり、しかも、本願発明は、引用例において開示されている多くの系の中で例外的とされている系を選択し、右系を組成する各金属酸化物の含有量を特定して、従来技術以上の特性を有する接点材料を提供するものであつて、本願発明に係る接点材料と引用例記載のものとの間の金属酸化物の含有量の差は、接点材料が軽負荷用であるか、中~重負荷用であるかに応じて、当業者が適宜選択し得る程度の差にすぎないものでないことは明らかであり、審決が挙示する周知事項は右の結論を左右するものではない。

2 審決は、主酸化物及び全酸化物の含有量を本願発明の要旨記載の程度に増加させることによつて、本願発明が、当然予測し得る以上の効果を奏するものとも認められないとしているが、前述のとおり、本願発明はその構成に基づき、引用例記載の発明においてはバランスのとれた接点特性を得ること、接触抵抗の安定性を得ること等を否定されていた合金領域において、期待し得ないとされた特性をもたらすとともに、低コスト化の効果をも奏するものであつて、これらの効果は引用例記載の発明から予測し得る効果では決してない。

本願発明に係る接点材料が引用例記載のものに比較して、耐溶着性、絶縁性、アークの小ささ等において格別優れていることは実験報告書(甲第6号証)により明らかである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。

1 引用例には審決認定のとおりの記載があり、本願発明に係る接点材料と引用例記載のものとは金属酸化物の含有量について審決認定の相違があるが、以下述べるとおり、右金属酸化物の含有量の差は、接点材料が軽負荷用であるか、中~重負荷用であるかに応じて適宜選択し得る程度のものにすぎない。

(1)  本願の明細書を検討すると、補正によつてインジウム含有量の下限が重量比で2%から5%となつたものであり、出願当初は、インジウムの含有量は重量比で2ないし15%であつた。そして、出願当初の明細書(甲第2号証)第4頁第2ないし第9行には、インジウムの添加量の数値限定の理由について、「内部酸化前に銀中に分散せしめるインジウムの量は重量比で2~15%が適当である。インジウムが2%以下では比較的軽負荷用に適するが、中~重負荷用としては耐溶着性、耐アーク消耗性を強化するために2%以上が望ましい。又インジウムが15%以上では内部酸化が出来ず実用性に乏しい。」と記載されているが、右の数値限定の理由は、上限についても下限についても臨界的な現象に基づくものとは認め難いというべきである。けだし、例えば、右の数値限定は、インジウム含有量2%を境にして特定の性質を示す値が急激に変化するとか、要求される性質の1つがインジウム2%以下では所望の値まで到達しないとかの明確な技術的根拠に基づくものとは認められず、むしろ、例えば、インジウム含有量が1.5%でも接点材料として不適であるという理由は存在しないからである。そして、インジウム含有量は、審査段階における拒絶理由通知に応答した補正(昭和55年6月27日付手続補正書((甲第5号証)))によつて5ないし15%に形式上減縮されたが、この場合においても、本来、合金の構成成分の含有量の上限及び下限を数値限定する理由として、発明の詳細な説明に、各成分の限定範囲内では実質的に同一の諸性質を示し、同一の用途に供されることを理論的に、あるいはデータをもつて説明することが必要であるにもかかわらず、右手続補正書には、インジウム含有量の下限を5%としたことについて何らの説明もなされていない。したがつて、インジウム含有量について、下限の5%は勿論、2%についても、その限定理由にはさしたる技術的根拠はなかつたものというほかないのである。その後原告は、再度明細書を補正し(昭和55年10月1日付手続補正書((甲第3号証)))、インジウム含有量の下限を5%とし、接点材料の適用電流値を100A以上の中~重負荷用としたことと対応させることとしたが、実際上、下限値の5%に意味のないことは前同様である。

したがつて、審決が本願発明におけるインジウム含有量の下限は技術的に意義のある理由によつて定められたものではなく、むしろ、接点材料の適用範囲を中~重負荷用に限るものとしたことに対応して金属酸化物の含有量の下限を増加させたものにすぎないとした点に誤りはない。

また、引用例の明細書の項の発明の詳細な説明には、「Xi及びYjの含有量には最適な範囲がありこれより少くても又多量でもバランスのとれた接点特性を得ることは出来ない。これらの範囲はXiについては重量%で0.5%<Xi<6%であり、またYjについては0.1%<Yj<2%であり、かつ、0.6%<Xi+Yj<7%、望むらくはXi+Yj=2%~4%位がよい。このことはチヤタリング防止の点で蒸発し難い酸化物群(「郡」とあるのは「群」の誤記と認める。)を用いることと関連し、これらの酸化物をあまり多く用いることは酸化物の集積を伴うので接触抵抗の安定性の点でマイナスとなるからである。」(明細書の項の第8欄第2ないし第13行)と記載されているが、引用例には、金属酸化物の含有量の数値限定に係る記載は右部分以外に存在しない。したがつて、引用例記載の接点材料において金属酸化物の含有量の上限は、結局のところ、接触抵抗の安定性のみを考慮して定められたものといわざるを得ない。しかも、接触抵抗の安定性といつても、何ら具体的なデータが示されているわけでもなく、僅かにその原因として金属酸化物の集積という現象が挙げられているにすぎない。そうすると、もし金属酸化物を集積させないように均一に分散させることができれば、引用例記載の接点材料では、金属酸化物の含有量はその限定された上限値を越えても支障はないということになろう。いずれにせよ、引用例記載の接点材料における金属酸化物の含有量の上限は、技術的に意義のある理由によつて定められたものでないことは明らかである。

右のとおり、本願発明における金属酸化物の含有量の下限値も、引用例記載の発明における金属酸化物の上限値もともに技術的に無意義なものであるから、このような両発明における金属酸化物の含有量の上限値あるいは下限値に着目して両者を比較し、本願発明に進歩性があると速断することは妥当ではない。

(2)  ところで、引用例には本願発明における基本となる材料の組成が開示されているところ、一般に接点材料は合金の1種であつて、同一の成分系では、その組成の変化、すなわち金属酸化物等特定成分と銀等ベース金属との割合又はバランスの変化に応じて種々の性質が変化し、更には使用条件あるいは適用範囲が定まるものであることは当業者にとつて自明の事項であるから、引用例に開示されている材料に右一般論を適用すれば、組成の点からみて引用例記載の発明の延長上にある本願発明は容易に推考し得たものということができる。この点を更に詳述すると次のとおりである。

接点材料において、銀は電導性のベースとして、また、分散した金属酸化物微粒子の結合剤として働くのみであり、金属酸化物を微粒子として銀ベース中に分散させれば、銀の電導性を劣化させることはあるが、その代わり、耐熱性、耐磨耗性、耐アーク性、耐溶着性等を著しく向上させることができるものである。このような分散した金属酸化物微粒子の存在によつてもたらされる銀合金の性質は、金属酸化物の含有量の変化につれて相関的に変化するものであるが、このような相関関係は、ベースとなる銀と金属酸化物微粒子とが相互に反応しない、いわゆる分散強化型合金(例えていえば、「粟おこし」のようなものであつて、粟の粒が金属酸化物微粒子に相当し、それを固めている水飴が銀に相当する。粟の粒と水飴は相互に反応しないから、粟の粒の量が少なければ水飴の性質が大きく寄与し、粟の粒の量が多くなればその量に応じて粟の粒の性質も発揮される。)であるからこそ成り立つのであつて、成分元素同志が固溶したり、金属間化合物を生成したりして、ある量を境にして突然に性質の変化を起こす通常の溶製合金では成り立たない。このことは、結局、本願発明に係る合金では、例えば、金属酸化物の含有量を倍にすれば、合金の性質の方もそれに見合つて変化するという現象を生ずることとなるものである。そこで、耐溶着性能に即していえば、金属酸化物の含有量の少ない引用例記載のものは相対的に低く、金属酸化物の含有量の多い本願発明のものは相対的に高いことは自明の理である。もし、接点の適用条件を同じにすれば、金属酸化物の含有量の少ない接点は低電流にしか耐えられず、金属酸化物の含有量の多い接点は中~高電流にも耐えられることになる。したがつて、引用例記載のものにおいて金属酸化物の含有量を増加させていけば、本願発明におけるような高い耐溶着性能にまで到達し得ると予測することは当業者にとつて当然のことである。また、耐溶着性能に限らず他の諸性質についても、本願発明では金属酸化物の含有量の変化に応じて相関的に変化し、軽負荷用としては最適といえないものが、中~重負荷用として好適となる場合、及びその逆の場合の生ずることも予測に難くないことである。

なお、原告は、審決において引用例記載のものから取り上げた、Xiとして酸化インジウム、酸化錫、Yjとして酸化マンガンを組み合わせたものは、明細書に記載されている49種類中の一例であり、かつ、例外的なもので明細書に直接的な説明はない旨主張するが、Xiに属する各酸化物及びYjに属する各酸化物は、明細書の説明からみてそれぞれ均等であると認められ、しかも、i及びjは、いずれも1以上と明記されている以上、右組合せが例外的なものとはいえず、49種類の組合せ中3例についてしか実施例が示されていなくても、残りの組合せについても同様の開示があるものとみるのは当然であつて、原告の右主張は理由がないものというべきである。

2 本願発明に係る接点材料を中電流、大電流領域で使用した場合に奏する耐消耗性、耐溶着性等の効果は、金属酸化物の含有量を増加させることによつてもたらされるものであり、そのことは当業者が当然に予測し得るものであることは前項に述べたところから明らかである。

そして、銀、錫、インジウム、マンガンがどのような価格でどのように変動しているかは、例えば日経流通新聞等の市況欄に毎日掲載され、従来より広く知られているところであるから、高価な銀の使用量を下げれば接点材料が安価となることは当然であつて、原告の主張する本願発明における低コスト化の効果も当然に予測される以上のものではない。

したがつて、主酸化物及び全酸化物の含有量を前記の程度増加させることによつて、本願発明が当然予測し得る以上の効果を奏するものとも認められないとした審決の認定、判断に誤りはない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について検討する。

引用例に、内部酸化法で製造される電気接点材料であつて、Ag―Xi―Yjで表わされ、SnO2、ZnO、In2O3などから成る群から選ばれた1種以上の主酸化物Xiの含有量が0.5~6重量%であり、MgO、Mn3O4、NiOなどから成る群から選ばれた1種以上の補助酸化物Yjの含有量が0.1~2重量%であり、かつ、全酸化物Xi+Yjの含有量が0.6~7重量%であるものが記載されていること、本願発明では、インジウム酸化物と錫酸化物の含有量の和(引用例記載の発明におけるXi)は最少でも9.7%であり、また、インジウム酸化物、錫酸化物及びマンガン酸化物の含有量の和(引用例記載の発明におけるXi+Yj)は最少でも9.7%(9.701%)であるのに対し、引用例記載の発明におけるXi、Xi+Yjは最大でもそれぞれ6%、7%であることは、当事者間に争いがない。そこで、本願発明に係る接点材料と引用例記載のものとの間の金属酸化物の含有量の差は、接点材料が軽負荷用であるか、中~重負荷用であるかに応じて、当業者が適宜選択し得る程度の差にすぎず、主酸化物及び全酸化物の含有量を右の程度増加させることによつて、本願発明が当然予測し得る以上の効果を奏するものとも認められないとした審決の認定、判断の当否について検討する。

1 成立に争いのない甲第3号証(本願発明についての昭和55年10月1日付手続補正書)によれば、右補正書添付の訂正明細書の発明の詳細な説明には、「内部酸化法によつて製造される銀―酸化物系電気接点材料として銀―酸化カドミウム系接点が広く用いられてきた。(中略)しかしながら接点構成材の中にカドミウムを使用しているので、製造時においてあまり望ましいものではない。(中略)従つてカドミウムを用いることなく良好な耐溶着性、耐アーク消耗特性を有する接点材を構成することができればその利点はきわめて大きい。本発明は以上の点に鑑みてなされたものである。本発明者らは先に銀―酸化インジウム―酸化マンガン接点を提供してきたが、この系にさらに酸化錫を添加することによつて、接点の低コスト化をはかり得、さらに接点として優れた特性を発揮することを見出した。(中略)本発明の特長は銀中に毒性の少ない金属インジウム、金属マンガンおよび金属錫を溶解せしめて銀―インジウム―マンガン―錫合金とし、しかる後にこれを内部酸化せしめたものであり、(中略)電流の多頻度開閉後でも安定した接触特性を有し、通電性において従来の銀―酸化カドミウム接点とほぼ同一レベルを維持するものである。」(同明細書第1頁第12行ないし第3頁第16行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、本願発明は、銀―酸化インジウム―酸化マンガン系接点材料の改良に係るものであり、右材料に酸化錫を添加することにより、銀―酸化カドミウム接点とほぼ同一レベルのものを提供することを目的とするものであることが認められる。そして、同号証によれば、前記本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したことにより、本願発明に係る接点材料は、「従来の銀―酸化カドミウム接点と同様、電気100A以上で使用する。継電器、ノーヒユーズブレーカー、気中遮断器などの中電流、大電流領域で使用した場合すぐれた耐消耗性、耐溶着性、耐溶損性、通電性を具備し、コスト的にもこれに匹敵するのでその工業的価値の高いものである。」(同明細書第9頁第3ないし第9行)という作用効果を奏するものであり、本願発明の実施品、銀―酸化カドミウム接点及び引用例記載の発明の実施品に相当するものにつきなされた性能測定結果は次のとおりであつたこと(同明細書第5頁第8行ないし第9頁第1行)が認められる。

(1)  銀85.7重量%、インジウム10重量%、マンガン0.3重量%、錫4重量%のもの、銀88重量%、インジウム5重量%、マンガン2重量%、錫5重量%のもの(いずれも本願発明の実施品)について、AC100V、30A抵抗負荷の開閉試験を行つたところ、従来の銀―酸化カドミウム接点とほぼ同一の通電性を有することが確認された。

(2)  (ア)インジウム10重量%、マンガン0.06重量%、錫6重量%、残部が銀であるもの(本願発明の実施品)、(イ)銀―13重量%酸化カドミウム接点について、電圧AC220V、電流370A、力率0.5、開閉頻度は1時間に180回の割合の試験条件で接点性能試験を行つたところ、(ア)のものの消耗量は310mg、電圧降下は120mV、(イ)のものの消耗量は500mg、電圧降下は105mVであつた。

(3)  (ウ)銀83.9重量%、インジウム6重量%、マンガン0.1重量%、錫10重量%のもの(本願発明の実施品)、(エ)銀93.9重量%、インジウム6重量%、マンガン0.1重量%のもの(引用例記載の発明の実施品)、(オ)銀―13重量%酸化カドミウム接点につき、AC220V、3000A、力率0.4の回路遮断試験を行い溶損状況を観察したところ、(ウ)、(オ)のものは安定した外観を示した。

(4)  (カ)銀86重量%、インジウム6重量%、マンガン2重量%、錫6重量%のもの(本願発明の実施品)、(キ)銀92重量%、インジウム6重量%、マンガン2重量%のもの(引用例記載の発明の実施品)、(ク)銀―13重量%酸化カドミウム接点につき、AC220V、60HZ、2500A(Crest)、接触圧力500gr、抵抗負荷で1.5サイクル通電させ、溶着力を測定した結果、(カ)のものの溶着力は100grと非常に良好な値を示したが、(キ)、(ク)のものの溶着力はそれぞれ450gr、500grであつた。さらに、同号証によれば、前記訂正明細書の発明の詳細な説明には、本願発明における金属酸化物含有量の特定理由等について、「銀中にインジウムとマンガンおよび錫を共添加し、内部酸化することによつて得られる最も著しい効果は接点の耐溶着性、耐アーク消耗性を強化することである。単に銀とインジウム、あるいは銀とマンガン、銀と錫のみを単独に用いる場合には接点の溶着、アーク消耗が大となり中~大電流開閉用接点としては不適である。即ち銀中にインジウムとマンガンおよび錫の共添加により効果を発揮しうるものである。内部酸化前に銀中に分散せしめるインジウムの量は重量比で5~15%が適当である。インジウムが5%以下では比較的軽負荷用に適するが、電流100A以上の中~重負荷用としては耐溶着性、耐アーク消耗性を強化するために5%以上が望ましい。又インジウムが15%以上では内部酸化が出来ず実用性に乏しい。かかる銀―インジウム合金に含有して接点としての性質を大巾に向上せしめるマンガンの有効範囲は0.001~5重量%である。マンガンはインジウムに較べ比較的少量でも効果をもち通常は0.05~2重量%のものが妥当である。尚マンガンの量が多すぎる場合には圧延、あるいは内部酸化が不安定となる。一方添加すべきマンガンの量はあまり少ない場合には接点性能向上効果は薄く少くとも0.001重量%以上は必要である。又、錫の有効範囲は、3~12重量%である。3%以下では、添加効果が少なく、12%以上では内部酸化が不安定となる。」(同明細書第3頁第16行ないし第5頁第3行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、本願発明においては、銀と右各金属を混合させただけでなく、用いられる金属の重量比が大きすぎる場合に損なわれる内部酸化の安定性及び内部酸化によつて得られるものの耐溶着性、耐アーク性、加工性等を考慮して含有させる金属酸化物の量が決定されているものと認められる。

一方、成立に争いのない甲第4号証(昭和47年特許出願公開第32390号公報)によれば、引用例の明細書の項の発明の詳細な説明には、「本発明は電気接点材料特にサーモスタツト、リレー、バイブレター、ホーン、電磁接触器などに比較的小電流で用いられる材料に係る。」(明細書の項の第1欄第14ないし第16行)、「尚本発明材料は電流のかなり大きい範囲では、Ag―Cdo系接点に比べ耐溶着性能は低下の傾向をもつている。」(同第8欄第17ないし第19行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、引用例記載の発明は比較的小電流で用いられる接点材料を提供することを目的とするものであつて、右接点材料は従来の銀―酸化カドミウム接点材料に比較して耐溶着性能は低いものであることは明らかである。

ところで、前記のとおり、引用例記載の発明において含有される金属酸化物は、主酸化物XiがSnO2、ZnO、In2O3などから成る群から選ばれた1種以上のものであり、補助酸化物YjがMgO、Mn3O4、NiOなどから成る群から選ばれた1種以上のものであつて、例示されている主酸化物3種類と補助酸化物3種類を各種組み合わせると49通りとなるが(主酸化物、補助酸化物とも、それぞれ1種のみならず2種及び3種の酸化物を選び、該複数種のものから成る主酸化物と補助酸化物とを組み合わせる場合を含む。)、引用例には、本願発明に係る銀―酸化インジウム―酸化錫―酸化マンガン系の接点材料は具体的に記載されているわけではない。ちなみに、前掲甲第4号証によれば、引用例に実施例として示されているものは、X1が酸化錫、Y1及びY2がそれぞれ酸化ニツケル、酸化マグネシウムであるもの(実施例1)、X1が酸化亜鉛、Y1及びY2がそれぞれ酸化ニツケル、酸化マグネシウムであるもの(実施例2)、X1が酸化錫、Y1が酸化マグネシウムであるもの(実施例3)であることが認められる。

そして、同号証によれば、引用例の明細書の項の発明の詳細な説明には、引用例記載の発明における金属酸化物含有量の数値限定の理由として、「Xi及びYjの含量には最適な範囲がありこれより少くても又多量でもバランスのとれた接点特性を得ることは出来ない。これらの範囲はXiについては重量%で0.5%<Xi<6%であり、またYjについては0.1%<Yj<2%であり、かつ0.6%<Xi+Yj<7%、望むらくはXi+Yj=2%~4%位がよい。このことは、チヤタリング防止の点で蒸発し難い酸化物群(「郡」とあるのは「群」の誤記と認める。)を用いることと関連し、これらの酸化物をあまり多く用いることは酸化物の集積を伴うので接触抵抗の安定性の点でマイナスとなるからである。」(明細書の項第8欄第2ないし第13行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、引用例記載の発明における酸化物の上限値は、酸化物の集積を防止し、接触抵抗の安定性の点でマイナスにならないようにするという観点から設定されているものであつて、その点に技術的理由が存するものと認められる。

前記当事者間に争いのない事実及び以上認定したところによれば、本願発明は、引用例記載の発明において銀に含有させる主酸化物と補助酸化物との組合せが少なくとも49種類存するもののうちから、引用例には具体的な記載のない特定の系を選択し、かつ、引用例記載の発明においては前記技術的理由から主酸化物の含有量は最大6重量%、全酸化物の含有量は最大7重量%、望むらくは全酸化物の含有量は2ないし4重量%位がよいとされていたにもかかわらず、最少でも主酸化物の含有量を9.7重量%、全酸化物の含有量を9.7重量%(9.701重量%)としたものであり、しかも、本願発明に係る接点材料を組成する金属酸化物の含有量は、内部酸化の安定性及び内部酸化によつて得られるものの耐溶着性、耐アーク消耗性、加工性等を考慮して決定されたものであつて、技術的に意義のある理由を備えたものであり、本願発明に係る接点材料は、前記構成に基づき、引用例記載のものでは得られなかつた、中電流、大電流領域で使用した場合優れた耐消耗性、耐溶着性、耐溶損性、通電性を具備するという格別の作用効果を奏するものであるから、本願発明は引用例に記載されたものから容易に推考し得たものとは認め難い。

2 被告は、本願発明の構成の難易に関し、本願発明に係る接点材料と引用例記載のものとの間の金属酸化物の含有量の差は、接点材料が軽負荷用であるか、中~重負荷用であるかに応じて、当業者が適宜選択し得る程度の差にすぎないと主張し、右主張の根拠として、まず、本願発明におけるインジウム含有量の数値限定の理由は、上限についても下限についても臨界的な現象に基づくものとは認め難く、インジウムの下限値は補正によつて重量比で2%から5%になつたものであり、インジウム含有量の下限値としての5%は勿論、2%についてもその限定理由にはさしたる技術的根拠はない旨主張する。

本願発明と引用例記載の発明との相違がインジウム含有量の数値限定の相違のみに存するのであれば、出願人である原告において、本願発明がインジウム含有量の差によつて作用効果の面で顕著な差異があるということを明らかにする必要があるものと解されるが、前記説示のとおり、本願発明は、銀―酸化インジウム―酸化錫―酸化マンガンという特定の金属と金属酸化物より成る接点材料であつて、酸化前の金属であるインジウムのほか、錫、マンガンについてもその適量範囲を定めたものであり、そのような構成に基づき前記のとおりの格別の作用効果を奏しているのであるから、インジウムについてのみ数値限定をしたことによる臨界的意義を明らかにする必要があるとは認め難い。また、インジウム含有量の下限値を重量比で2%から5%に補正した点も、本願発明の特許願書(成立に争いのない甲第2号証)添付の明細書に、「インジウムが2%以下では比較的軽負荷用に適するが、中~重負荷用としては耐溶着性、耐アーク消耗性を強化するためには2%以上が望ましい。」(第4頁第4ないし第7行)と記載されていること、右明細書記載の実施例においては、インジウム含有量はいずれも5重量%以上とされていることからすると、右補正は中~重負荷用としてより好ましい範囲にインジウムの含有量を限定したものであつて、右補正には技術的意義があるものと認めるのが相当であり、被告の前記主張は採用できない。

また、被告は、引用例記載のものにおける金属酸化物の含有量の上限値の限定は技術的に意義のある理由によつて定められたものではない旨主張するが、前記のとおり、右上限値は金属酸化物の集積を防止し、接触抵抗の安定性の点でマイナスにならないようにするという観点から設けられたものであつて、技術的意義の存することは明らかであるから、右主張は理由がない。

さらに、被告は、本願発明の基本となる材料の組成が引用例によつて公知であつたから、ベース金属である銀と金属酸化物の含有量の割合又はバランスによつて接点材料の使用条件や適用範囲が定まるという一般論を適用すれば、組成の点からみて引用例記載の発明の延長上にある本願発明は容易に推考し得たものである旨主張するけれども、仮に右一般論なるものが当業者にとつて自明の事項であるとしても、右主張が理由のないことは、前1項において認定、説示したところから明らかである。被告は、右主張に関連して、接点の適用条件を同じにすれば、金属酸化物の含有量の少ない接点は低電流にしか耐えられず、金属酸化物の含有量の多い接点は中~高電流にも耐えられることになるから、引用例記載のものにおいて金属酸化物の含有量を増加させていけば、耐溶着性に優れたものが得られると予測することは当然のことである旨主張するが、前記のとおり、引用例には、「Xi及びYjの含量には最適な範囲がありこれより少くても又多量でもバランスのとれた接点特性を得ることは出来ない。(中略)これらの酸化物をあまり多く用いることは酸化物の集積を伴うので接触抵抗の安定性の点でマイナスとなるからである。」と記載され、引用例記載の発明における金属酸化物の上限値は、右技術的理由をもつて設定されているのであるから、当業者は、引用例記載の上限値を越える金属酸化物を含有させることを着想することは通常あり得ないことと認めるのが相当である。被告はまた、引用例の右記載に関連して、もし金属酸化物を集積させないように均一に分散させることができれば、引用例記載の接点材料では金属酸化物の含有量をその限定された上限値を越えても支障はないことになるとも主張するが、右に説示したとおり、引用例記載のものに更に金属酸化物の含有量を増加させるということは当業者は通常考えないだけでなく、仮に被告が主張するように耐溶着性能の向上という観点から金属酸化物の含有量を増加させることを着想したとしても、引用例には、金属酸化物を多量に含有させた場合に生ずるマイナス面を解消し、耐溶着性能を向上させた接点材料を得る手段については何ら示唆するところがないのであるから、被告の右主張も理由がない。

以上のとおりであつて、本願発明に係る接点材料と引用例記載のものとの間の金属酸化物の含有量の差は、接点材料が軽負荷用であるか、中~重負荷用であるかに応じて、当業者が適宜選択し得る程度の差にすぎず、主酸化物の含有量を本願発明の要旨記載の程度に増加させることによつて、本願発明が、当然予測し得る以上の効果を奏するものとも認められないとした審決の認定、判断は誤つているものといわざるを得ず、右認定、判断を前提として本願発明は引用例記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものとした審決は違法として取消しを免れない。

3  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)

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